鎌倉淳ブログ

旅と日常と、たまに美味しいもの

「ドイツ宮殿紀行」のカテゴリを含む記事

成田の出国審査は30分!(ドイツロマンチック街道旅行記1)

さて、なんでガイドブックを買ったかというと、ドイツに行ったのである。ワールドカップの下見に行く、というのはまあ口実で、なんとなくうまいビールを飲みたくなったから、という程度の理由なのだけれど。で、成田空港。この出国審査の行列がすごかった。こんな感じである。列の運が悪かったこともあって、出国審査を抜けるのに30分かかった。その前の荷物検査に時間がかかることはあるが、出国審査にこれだけ時間がかかったの...

ルフトハンザでビールがビンだった話(ドイツロマンチック街道旅行記2)

ルフトハンザでビールがビンだった話Beck'sという、有名なドイツビール。僕はレーベンブロイが好きなんだけれど、って大差ないよね(笑)。飛行機でビンビールを出されたことはあまり記憶にない。やはり、環境保護の国、ドイツだからかな?...

ルフトハンザのミールについて(ドイツロマンチック街道旅行記3)

1回目が牛丼。2回目が焼き鶏丼。牛丼↓焼き鶏丼↓具を変えただけじゃん!って思ったのは、きっとあなただけではありません。はい。2回連続で「○○丼」というミールチョイスをするのは、やめたほうがいいとおすすめします。ほんでもって、もう一種のチョイスはパスタ系だった。帰国便では、パスタ系を食べてみたが、どんぶりのほうがおいしかったな。まあ、成田で積載とフランクフルト積載では、内容も違うだろうから、なんともいえ...

ヴュルツブルグの路面電車(ドイツロマンチック街道旅行記4)

さて、話はいきなりヴュルツブルグに飛ぶ。ルフトハンザでフランクフルトに着いた僕は、そのまま鉄道を乗り継いで、ヴュルツブルグにやってきた。フランクフルト空港は鉄道駅と直結していて、そこからドイツ中に列車が出ている。すごい便利だ。さすがドイツ。ヴュルツブルグは、ドイツの世界遺産でもっとも評価の高い「ビュルツブルグの司教館」があるところだ。ロマンティック街道の入り口の街としても知られる。本当はロマンティ...

ヴュルツブルグの司教館(レジデンツ)(ドイツロマンチック街道旅行記5)

さて、ヴュルツブルグに着いた翌日、さっそく「ヴュルツブルグの司教館」に行った。現地では「レジデンツ」という。なので、以下ここでもレジデンツと書く。このレジデンツには、神聖ローマ帝国内の領主司教が住んでいた。領主司教というのは、政治的支配者と宗教的支配者が一体になった人物である。日本でいえば、中世の比叡山や、戦国時代の本願寺みたいなものだろうか。その領主司教が住んでいた館が、この「レジデンツ」である...

ドイツの世界遺産について(ドイツロマンチック街道旅行記6)

 さて、ヴュルツブルグのレジデンツ程度の世界遺産は、ヨーロッパ中にいっぱいある。だから、これが世界遺産指定されること自体には、おかしさはない。 ただ、不思議なことに、ドイツでは、この程度の歴史的建造物は多数あるにもかかわらず、そのほとんどは世界遺産になっていない。さらにいえば、これよりもっとスゴイ宮殿やお城も、世界遺産に指定されてないのである。なのに、ヴュルツブルグのレジデンツだけがなぜ、世界遺産...

マリーエンブルグ要塞(ドイツロマンチック街道旅行記7)

 さて、遺跡ファンには、レジデンツよりももっと楽しい場所が、ヴュルツブルグにはある。マリーエンブルグ要塞である。 写真を見るだけで、ちょっといいでしょう。ここは、18世紀にレジデンツができるまで、領主司教の居城だったところだ。 歴史的には、紀元前からケルト人がこの山に住み着いていたとされるが、現在残っている建物で最古のものは、8世紀に教会として作られたものだ。本格的に要塞が築かれたのは13世紀初頭...

ホーエンツォレルン城 その1(ドイツロマンチック街道旅行記8)

 ホーエンツォレルンといえば、かつてのプロイセン王家である。南ドイツの地方貴族だったが、1415年にブランデンブルグ辺境伯となり北ドイツを獲得、選帝候の一角となった。その後、フリードリッヒ大王など名君に恵まれ、1871年にヴィルヘルム1世が初代ドイツ皇帝となるのである。 そのドイツ一の名家、ホーエンツォレルン家の発祥の地が、ここホーエンツォレルン城である。日本でいえば、徳川家の岡崎城、みたいな感じ...

ホーエンツォレルン城 その2(ドイツロマンチック街道旅行記9)

 さて、ホーエンツォレルン城の内部は、ガイドツアーでしか回れない。 なぜなら、このお城には、まだ人が住んでいるからである。住んでいるのはホーエンツォレルン王家の末裔だそうだ。 なんと、ドイツでは皇帝の末裔が、ゆかりの古城にいまだに住み続けているのである。 ドイツ帝国最後の皇帝ヴィルヘルム3世は、第一次大戦で敗れ退位したが、殺されなかった。革命でなく、敗戦による退位だったからだろう。ヴィルヘルム3世...

ルートヴィヒスブルグ宮殿 その1(ドイツロマンチック街道旅行記10)

ホーエンツォレルン城の観光を終えた僕は、シュツットガルトに戻り、さらにルートヴィヒスブルグに向かった。シュツットガルトから電車で20分ほどの街である。 ここには、「ドイツのベルサイユ宮殿」とも称される宮殿がある。ルートヴィヒスブルグ宮殿だ。18世紀前半に、ヴュルテンベルグ公爵のエベルハルト・ルードヴィヒスブルグによって建設された。ルードヴィヒスブルグが建設したからルードヴィヒスブルグ。なんてわかり...

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