鎌倉淳ブログ

旅と日常と、たまに美味しいもの

「北海道・鴻之舞」のカテゴリを含む記事

鴻之舞金山へ(鴻之舞金山旅行記1)

鉱山の跡地ほど、世の盛衰を感じられる場所はない。稼働中はむせかえるほどの人が集まり繁栄するが、ひとたび閉山すれば、楼閣が崩れ落ちた町のように人々は去っていく。残されるのは廃坑と、二度と人の住むことのない都市の遺構である。3月に訪問した軍艦島は、現在最も注目を浴びている鉱山跡地であった。世界遺産に登録された石見銀山も、登録を目指している佐渡金山も、人を惹きつける遺構が残されている。そのような魅力的な...

旧藻別駅逓所跡(鴻之舞金山旅行記2)

北海道を訪れるのに、最もお得な月は10月である。10月から、道内は徐々に「冬料金」になり、ホテルも航空券も安くなりはじめる。しかし、10月はまだ雪もなく、紅葉が見られる美しい季節だ。そういうことで、僕は10月になって間もない季節に東京から女満別に飛んだ。鴻之舞に一番近い空港としては、オホーツク紋別空港がある。10月までは東京~紋別直行便があり、僕もそれを使いたかったが、1日1便だけで時間帯も使いに...

鉄橋と市営住宅(鴻之舞金山旅行記3)

ツアーを順にたどる。まずは、鉄橋跡。この鉄橋はかつて紋別市内と鴻之舞金山とを結んでいた「鴻紋軌道」の鉄橋で、「五号杭橋」という。現在は鉱山の坑内から出る排水を沈殿池に送る送水管が設置されている。ちなみに、鴻紋軌道は紋別と元山間28kmを結ぶ762ミリの軽便鉄道だった。開業は1943年、廃止は1948年。わずか5年しか運転されなかった短命の鉄道である。「旭町跡」という看板の近くで降りる。このあたりは、鴻之舞の市街地...

大煙突(鴻之舞金山・丸瀬布森林鉄道旅行記4)

鴻之舞鉱山跡のシンボルが、この大煙突。元山精錬所にあったものだ。1938年に建設されたもので、鉱山全体に湯や蒸気を供給していたボイラ設備の煙突だそうである。建設後70年も経つというのに表面は綺麗で、外見上は大きなひび割れもない。施工がよほどしっかりしていたのだろう。廃鉱後にはゴミ焼却施設が設置された。現在煙突の下に残されている建物は、ゴミ焼却場らしい。少し離れたところに、変電所の建物跡がある。鴻之舞鉱山...

大山祇神社と沈殿池(鴻之舞金山旅行記5)

大山祇神社跡。といっても、入れるのは階段手前までで、階段は立ち入り禁止になっている。鴻之舞に限った話ではないが、こうした「廃墟」は、そこが観光地になりはじめると、こうした立ち入り制限が増えてくる。軍艦島などはその最たる例だが、鴻之舞もすでにそうなり始めている。やむを得ないことだが、この程度の階段が立ち入り禁止になるのはちょっとつまらない。ただ、鴻之舞の主要遺構については、雑木林の中に道が整備された...

入洞口(鴻之舞金山旅行記6)

鉱山の入洞口。「倶知安内第一通洞」と書かれている。この日のガイドさんは、若い頃ここで働いていたという。内部は粉塵がすさまじく、そのため長時間洞内にいることはできない。そのため、この出入口近辺で待機している時間が長かったという。そこでお弁当を食べたり、のんびり寝転がっていたり。ここは、炭鉱で働いた男たちの、青春のやすらぎの風景のようである。こういう話を聞くと、同じ日本において、自分の過ごしてきた青春...

鴻之舞の痕跡を歩く(鴻之舞金山旅行記7)

ガイドツアーから漏れた、鴻之舞の残照をたどってみる。まず、鴻之舞の往年を復元した模型桜町浴場跡。戦前戦後の時期なので、家庭に風呂はなく、基本的には銭湯である。鴻之舞には、こうした銭湯が各所にあり、今もその湯船の台が残されている。その近くの廃屋。栄町。町の中心部近くに位置する。倉庫。住友のマークが入っている。これはなぜ壊されなかったのだろうか。倶知安内第一通洞への橋。昭和15年竣工とある。金竜町。こ...

鴻之舞小学校跡(鴻之舞金山旅行記8)

人口1万人を越えた集落だったから、当然学校もあった。小学校が二つ、中学校が一つである。集落の中心部に近い場所にあったのが、鴻之舞小学校。これが、その跡地である。開校は大正10年、閉校は昭和48年。生徒数のピークは2度あり、1度目が大正15年。31学級1593人が在籍したという。2度目は昭和34年、24学級1170人が在籍した。このサイトに、当時の写真がいくつか掲載されている。http://www.h2.dion.ne....

鴻紋軌道の廃線跡をたどる(鴻之舞金山旅行記9)

最後に、鴻紋軌道の跡をたどってみる。鴻紋軌道は、鴻之舞鉱山の資材の運搬や、鴻之舞地区住人の生活物資の運搬を目的として、1940年10月に着工された。1943年6月にいちおう完成。しかし、軌道が開通したとき、鉱山は戦時産業統制の一環で休山していた。戦後1947年に再開したものの、すぐに自動車道路が整備される。不要になった軌道は、翌1948年に廃止されてしまった。つまり、この軌道は、鉱山から産出された鉱物の運搬にはほと...

鴻之舞は「北の軍艦島」になれるか(鴻之舞金山旅行記10)

長崎の軍艦島を見た跡に、鴻之舞を見物すると、どうしても両者を比較したくなる。これらの二つには共通点がある。どちらも鉱山が閉じられ捨てられた都市であること、どちらも孤立した都市であること、である。もちろん、鴻之舞は孤島ではないから軍艦島とは違う。しかし、鴻之舞は紋別市街地から二〇キロも離れた山間部に位置していた。孤立した都市空間であったことは軍艦島と同じである。そして、閉山後、町から人が完全に消えて...

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