鎌倉淳ブログ

旅と日常と、たまに美味しいもの

2011 03/17

福島原発事故疎開記 東京から関西へ 

福島第一原発の建家が吹っ飛んだ映像を見たとき、「ああ、これで日本も終わりだ」と頭が真っ白になった。メルトダウンが起きたと思ったからである。

メルトダウンの恐怖は、広瀬隆の「東京に原発を! 」で知った。この本はベストセラーになったから、読んだ人も多いだろう。本の詳しい内容は忘れたが、メルトダウンが起きてしまえば、大量の核物質が拡散されるであろうことくらいは覚えている。風向きと風速によっては、その日のうちに東京に死の灰が降る可能性もある。震え上がった僕は、取る物もとりあえず自宅を出て、新幹線に飛び乗った。

被曝した人間がどれだけ過酷な目に遭うかは、岩本裕(NHK)の「朽ちていった命―被曝治療83日間の記録」に詳しい。戦時中の原爆の話ではなく、東海村原発という現代で起きた事故で被曝した人の治療記録であるから、現代医学が被曝に対していかに無力かがよくわかる。その実態は生々しく、身体機能がひとつひとつ失われていって死に至る過程は、あまりにも無惨であった。

もしメルトダウンで爆発が起きれば、そのような被曝者を何百万人と生むことになる。僕の親族にしても無傷ではいられないだろう。そう思えば思うほど気が重く、新幹線の中では動悸が止まらなかった。

幸いなことに、テレビで映された爆発は建家のみであり、原子炉は無事であることがわかり、大阪に着いたときには胸をなで下ろした。しかし、その後に続く爆発や火災を見るに付け、東京に戻る気が起きず、そのまま4日ほど関西に滞在した。最初は大阪にいて、次に京都に移った。観光客が激減したからか、京都のホテルは比較的空きが多く、値段も大阪より安かったからだ。

京都は平穏ではあったものの、コンビニエンスストアから電池が消えていたりして、どこか非常時の余波がある。町を歩けば、東京から避難してきたとおぼしき人を他にも見かける。電池が消えていたのは、頼まれごとで東京に送るためと思われたが、東京から来た人が買っていたからかも知れない。

せっかく京都に来たというのに、観光する気が起きない。寺社仏閣よりも原発の最新情報が気になり、ホテルのテレビに釘付けになる。気が紛れるのは食事のときくらいで、耳に入る地元の人の会話が呑気で心が救われる。「大昔の人はどこが安全かを知っていて、せやから京都に都を置いたのやろなあ」などという会話に悪意はなく、なるほどと納得してしまう。東に都を移した徳川家や明治政府は、その点では失政を犯したといえる。

避難してから5日目の早朝の新幹線で、帰京した。原発の状況は安定したとはいえないが、核爆発が起きる可能性はいまのところ少なそうだからだ。微量の放射線が東京を覆うくらいならば、被害はない。家がどうなっているかも気になるし、仕事もいつまでも放置できない。午前中の品川駅に降り立つと、新幹線のコンコースに子供連れの家族が多いのに驚いた。平日の東海道新幹線に、これほど子供連れが目立つ光景は見たことがない。まずは子供を疎開させようと、誰もが必死なのだ。

都内の電車は空いていた。電車の運転本数が平常に近くなったのに、乗客が激減したからだろう。疎開できる人はとっくに疎開しているし、自宅待機の企業も多いようだから、電車に乗る人は少なくなっている。そりゃそうだろう、と思う。従業員が勤務中に被曝したら、企業は労災を被曝者に適用しなければならなくなる。そういう世知辛い話を抜きにしても、従業員を被曝させたい企業などないだろう。なんであれ、自衛隊と米軍が「前線」に出動している状態で、しかも停電があちこちで発生している状態で、まともに企業活動なんてできない。ならば、従業員を出社させる意味は薄い。

それにしても、ガラガラの電車に乗っていると、えもいわれぬ恐怖が身を覆う。本当に僕はここにいていいのだろうか?

当面の仕事をやっつけ、今は世田谷の自宅マンションに籠もっている。テレビで原発の話題を見るのもイヤだが、見ないわけにもいかない。そんななか、昨夜のNHKの「グレートサミッツ アイガー」は心を穏やかにしてくれた。

原発問題が片づかないと、東京はまともに機能しないだろう。早い解決を願いたいが、事態は深刻になるばかりである。核爆発は起きないとはいえ、放射能汚染は既にスリーマイルを超えている。原発周辺は、今後どれだけの間、立ち入り禁止になるのだろうか。

常磐線は、当分不通だろう。「当分」が数ヶ月で済むのか、数十年になるのかはわからない。南からはいわき止まり、北からは原ノ町止まりになってしまうかもしれない。常磐線を東京から仙台まで再び乗り通すことができる日が、いつ来るのだろうか。

「フクシマ」は今後「スリーマイル」、「チェルノブイリ」と同列に語られることになる。「風評被害」も相当深刻になるだろう。福島県産品すべてが放射能に汚染されて食べられなくなるとは思えないが、一部地域産が「食べてはいけない」ものになるのは避けられそうもない。

その地域の範囲が福島県内のどこまで含まれるか、という点が問題になるが、それを明確にする方法が果たしてあるのだろうか? 食物の放射線量をいちいち測ってから出荷するしかなさそうだが、それは可能なのだろうか?

原発疎開のための基本情報はこちらにまとめました。疎開検討中の方はご一読を。

東京に原発を!
朽ちていった命―被曝治療83日間の記録

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