鎌倉淳ブログ

旅と日常と、たまに美味しいもの

2011 06/21

平戸の教会巡り(長崎世界遺産候補地旅行記17)

佐世保に一泊して、翌朝レンタカーで平戸へ向かう。

平戸は長崎で最初にキリスト教が伝わった土地である。布教したのはかのフランシスコ・ザビエルであり、その意味で日本のキリスト教の原点ともいえる土地の一つといえる。明治維新後の教会の建設も早く、そのため現在の平戸周辺には3つの世界遺産候補の教会堂がある。

最初は田平天主堂。
平戸2

1917年に竣工した煉瓦造の教会堂で、設計はこれも鉄川与助である。煉瓦造の教会堂としては鉄川与助最後の作品で、時期的にも日本における煉瓦造建設の最末期にあたるものだ。そのため建築様式やデザインはほぼ完成されていて、煉瓦造教会堂の集大成ともいえる建築物である。

正面の塔は3層で、第1層は玄関部分と左右の窓部分がきれいに半円形アーチを並べている。第2層は3連アーチを形作った縦長窓、第3層の上部は八角ドームを架した鐘塔となっている。この八角ドームは鉄川与助お得意のようで、これまでいくつも見てきた。そのなかでもここは重厚感がある。

教会堂本体は重層屋根構成で、これも鉄川建築の特色だ。同じ建築家の建築物を連日見ていると、だんだん違
いや特色がわかるようになってくる。
平戸1

内部は上部にも回廊がある二層式で、立体感がある。アーチを駆使した柱廊は豪華な雰囲気で、大聖堂の趣すらあった。全体的に、完成度の高い建築であった。田平教会堂は世界遺産候補の一つだが、これはとても納得のできる出来である。

次に、平戸大橋を渡って平戸島に至る。市街地には入らずに、そのまま南下。

宝亀教会。1898年築で、カメオで縁取られたような見事な正面が印象的な煉瓦造だ。白の部分はモルタルで、デザイン上のあしらいらしい。側面は板張りで、薄緑に装飾されたベランダはコロニアル風である。
平戸3
平戸4
平戸5

設計者は不詳だがヨーロッパ人らしく、鉄川与助の作る天を突くような勇壮さのかわりに、田舎ぽさの中にセンスの良さを感じさせる。南欧の田舎風とでもいうべきだろうか。ここも世界遺産候補である。

こちらは紐差教会。これは1929年築の鉄筋コンクリート造である。「長崎教会群」の世界遺産関連遺産の教会のなかで、鉄筋コンクリート造はここと浦上天主堂だけである。
平戸6

80年も前の鉄筋コンクリート造だが、手入れがいいのか古さは感じられない。設計は鉄川与助で、鉄川自身としては2作目の鉄筋コンクリート造教会堂である。正面の形状は田平教会堂などと似ていて、正面の塔は3層で、第3層の上部は八角ドームを架した鐘塔となっている。

内部は鉄筋コンクリート造の強みを活かして柱が少なく広々した感じである。近代的な鉄筋コンクリート建築のような冷たさはなく、荘厳さが増している気がする。ここに限った話ではないが、戦前の鉄筋コンクリート造建築は設計も施工も丁寧行われているので、戦後のそれとは違う重厚感があると思う。

最後は、カトリック平戸教会。平戸市の中心部に位置する。
平戸7

1931年竣工の鉄筋コンクリート造である。

夢の国のシンデレラ城を思わせるメルヘンなデザインだ。正面中央に巨大な尖塔がそびえ立ち、それを取り囲むように小尖塔が林立する。鉄川与助の重厚感あふれるデザインとはまったく異なる。設計は末広設計事務所というところだが、詳細はわからない。ドイツのバロック的な雰囲気があるのデザインなので、ドイツ建築の影響を受けた設計者かもしれない。
平戸8

それにしても、1931年ともなると、さすがに鉄筋コンクリートの施工技術も上がったようで、けれんみのない堂々とした仕上がりになっている。

内部は円柱とドームが組み合わさった明るい造りである。ここは聖フランシスコザビエル記念教会とも言われるが、ザビエルが直接この教会と関係があるわけではない。

西海の天主堂路

あなたへのおすすめ

関連記事

平戸の教会巡り(長崎世界遺産候補地旅行記17)

後の記事「平戸城(長崎世界遺産候補地旅行記18)

前の記事「有川-佐世保航路「フェリーなるしお」(長崎世界遺産候補地旅行記16)

Top