鎌倉淳ブログ

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2011 10/05

田口壮選手に、鮮やかな引き際を

オリックスの田口壮選手は、自分が最も好きな野球選手である。同じ歳の生まれで、出身大学も近く、それが自分の応援していたチームに入ったのだから、関心も高かった。

1992年、ルーキーで初戦に9番ショートで先発。それからしばらく先発で使われたが、成績はぱっとしなかった。
なにより守備が粗かった。関西学生野球きっての名ショートも、プロではまるで通用しない。たしか投手が星野伸之のときだったと思うが、エラーを連発したシーンを覚えている。星野のような軟投型のピッチャーにとって、ショート守備は生命線であり、星野がいらついているのがはっきりとわかった。もちろん田口も見た目に焦燥している、そしてその後、田口はスタメンから姿を消した。

彼がレギュラーに定着したのは、入団3年目の1994年、外野手としてである。しかし残念なことに、この年チームで注目を浴びたのは田口ではなかった。ちょうどイチローが頭角を現した年で、このときばかりは僕もイチローを応援していたけれど、その後はやはり田口びいきになった。打率ではイチローに及ばなかった田口だけれど、二人の切磋琢磨はみていて楽しかった。やがてイチローばかりが有名になり、年俸も極端に上がってしまうと、球団はイチロー以外の高額年俸選手を次々と放出した。チームのバランスは崩れていき、ファンの心情としては、ますます田口を応援した。

その後、イチローも田口もメジャーに移籍したが、イチローはポスティングで、田口はFAである。イチローはメジャー初年に首位打者を獲得したが、田口は1年目はほとんどマイナー生活だった。それでも、田口は努力してレギュラーをつかみ、ついにはワールドシリーズで2度もメジャー制覇を経験した。田口程度、というと申し訳ないが、それでも日本で3割すら打ったことのない田口程度の選手がワールドシリーズの優勝の瞬間にフィールドにいることができたことに、僕は深く感動した。

今期、田口は途中まで3割を維持し、T岡田の不振で苦しむチームに貢献した。しかし、怪我で二軍に降格。数日前、戦力外通告を受けたのだという。心情的にはもう少し続けてほしいが、年齢も年齢だし、引退もやむをえまい。引退を渋って自由契約になり、セレモニーもないままにうやむやな消え方をするよりは、ここは潔く、オリックスのままユニホームを脱いでほしい。20年応援してきた、ファンの率直な気持ちである。

田口ほどの能力と経験を持つ選手なら、将来は監督も十分務まるだろう。まずは指導者としての経験を積んで、将来はオリックスのチームを率いて欲しい。そして胴上げを見せてもらえれば、ファン冥利に尽きるというものである。



田口が戦力外 プロ20年目の42歳、現役続行希望…オリックス
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111005-00000014-sph-base

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