鎌倉淳ブログ

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2012 09/11

縄文杉登山(3):小杉谷集落跡から大株歩道入口まで(2012年屋久島旅行記10)

小杉谷は、かつては屋久島の林業の中心として栄えた集落です。1923年に初めて伐採の拠点が設けられ、1970年に廃村となるまで47年間、人が住み続けてきました。最盛期の1960年には133世帯、540人が住んでいたといいます。

ここは、小杉谷小・中学校跡。最盛期の生徒数は合わせて147名に達したとのこと。現在も校庭の跡などははっきりとわかります。ただ、建物などは土台が少しわかる、という程度。いまや屋久島の原生林の中に呑み込まれつつある、という雰囲気のほうが強いです。


これが当時の小杉谷の写真。中央の大きな空間が校庭です。多数の住宅が建ち並んでいたことがわかります。


しかし、現在、小杉谷集落跡全体を見渡しても、当時の建物はもうありません。少し前までは、昔の建物があったそうですが、すべて取り壊されてしまったようです。

7時18分小杉谷集落跡発。再びトロッコ道を歩いていきます。小杉谷から先は、軌道の中央に木板が敷かれています。この板道を歩いていけばいいので、普通の桟道を歩くのと変わりません。とても歩きやすくなり、ペースもあがります。


途中、ヤクシカに遭遇。


近づくと逃げますが、それほど人を恐れているというわけではない様子。

小さな橋をたくさん越えていきます。小杉谷より先の鉄橋は木製の高欄が設けられており、安全性も高まっています。総じて、小杉谷から大株歩道入口までの間は登山道がよく整備されており、尾瀬を歩くのと大差ありません。

小杉谷集落跡から30分ほど歩くと、小杉谷山荘跡に着きます。文字通り、ここにはかつて有人の山小屋がありました。小杉谷集落の廃村にともない、山小屋は無人になり、今は取り壊されてしまっています。かわりに、バイオトイレが設置されています。右が小林製薬、左は阪急交通社が作ってくれたそうです。


阪急交通社のトイレの内部。なかなかきれいです。


ちなみに、右の小林製薬のトイレはもっときれいです。

小杉谷山荘跡の少し先に、三代杉があります。初代の杉の倒木跡に二代目が立ち、その切り株に三代目が育ったそうな。


その少し先にある標識。


高塚小屋とは縄文杉のある場所です。となると、おお、ここはもう中間地点か! この時点でまだ8時12分。楽勝じゃん!と思わせますが、もちろんそんなことはありません。距離の中間地点が時間の中間地点と異なることを、この後イヤと言うほど知らされます。

さらにひたすら歩いていきます。鉄道が好きな人にとっては、線路をずっと歩いていくことはそんなに苦ではないと思います。でも、「この線路に列車が走ってくれていればなあ」と何度思ったことか。それに乗れれば、こんな朝早くからテクテク歩き続けなくてもいいのに。

途中、線路の分岐点があります。


と思ったら、一つは行き止まり。


どうやら、機関車の折り返し施設のようです。森林鉄道ぽいですね。それにしても、こんな狭いスペースで折り返せるのですから、相当小さな機関車だったのでしょう。

これがポイント切替装置。もちろん手動です。


こうした設備や線路の状況を見てみると、このあたりは、現在でも列車が走ることは可能なようです。実際、少し前までは、トイレの屎尿運搬のためにトロッコが走っていたとのこと。最近は、トイレがバイオ式になったため、屎尿運搬はしなくなったそうです。

ひたすら歩きに歩き、ようやく大株歩道入口に到着。


9時03分。小杉谷集落後からは1時間45分かかりました。コースタイムが1時間40分ですので、標準的なペースのようです。ここまではなだらかな道だったので、それほど疲れはありません。

ネイチャーガイドと歩く屋久島

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後の記事「縄文杉登山(4):大株歩道入口からウィルソン株まで(2012年屋久島旅行記11)

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