• アフリカにょろり旅
    うなぎの研究者がアフリカでうなぎを探す旅。文章は味があり、ユーモアもあっていいですね。大変な旅をユーモアいっぱいに描くって、結構難しいもの。普通の人は、たいして大変でもない旅を、さもすごい冒険のように描くけれど、この著者は逆です。旅本の不作が長引く中、珍しい快作といえます。それにしても、こういう「調査」ができるなら、僕も研究者になりたかったなあ。…というのは、部外者の気楽な感想でしょうか。... 続きを読む
  • 第三舞台「深呼吸する惑星」 これから見る人のためのレビューと感想
    このレビューには、あらすじが含まれていて、若干のネタばれがあります。まっさらな気分で芝居を見たい、という人は読まないでください。劇団の解散公演、と銘打つものは初めて見たが、切なくそして懐かしいものであった。鴻上尚史脚本・演出の新作で、舞台は遠い未来、地球の支配下の惑星である。地球の支配から脱しようとする運動家と、地球支配下で折り合いを付けようとする現地人の首相、地球から派遣された軍人指揮官と女性研... 続きを読む
  • 鴻之舞は「北の軍艦島」になれるか(鴻之舞金山旅行記10)
    長崎の軍艦島を見た跡に、鴻之舞を見物すると、どうしても両者を比較したくなる。これらの二つには共通点がある。どちらも鉱山が閉じられ捨てられた都市であること、どちらも孤立した都市であること、である。もちろん、鴻之舞は孤島ではないから軍艦島とは違う。しかし、鴻之舞は紋別市街地から二〇キロも離れた山間部に位置していた。孤立した都市空間であったことは軍艦島と同じである。そして、閉山後、町から人が完全に消えて... 続きを読む
  • 鴻紋軌道の廃線跡をたどる(鴻之舞金山旅行記9)
    最後に、鴻紋軌道の跡をたどってみる。鴻紋軌道は、鴻之舞鉱山の資材の運搬や、鴻之舞地区住人の生活物資の運搬を目的として、1940年10月に着工された。1943年6月にいちおう完成。しかし、軌道が開通したとき、鉱山は戦時産業統制の一環で休山していた。戦後1947年に再開したものの、すぐに自動車道路が整備される。不要になった軌道は、翌1948年に廃止されてしまった。つまり、この軌道は、鉱山から産出された鉱物の運搬にはほと... 続きを読む
  • 鴻之舞小学校跡(鴻之舞金山旅行記8)
    人口1万人を越えた集落だったから、当然学校もあった。小学校が二つ、中学校が一つである。集落の中心部に近い場所にあったのが、鴻之舞小学校。これが、その跡地である。開校は大正10年、閉校は昭和48年。生徒数のピークは2度あり、1度目が大正15年。31学級1593人が在籍したという。2度目は昭和34年、24学級1170人が在籍した。このサイトに、当時の写真がいくつか掲載されている。http://www.h2.dion.ne.... 続きを読む
  • 北朝鮮ツアーと金日成スタジアム
    北朝鮮の金日成スタジアムの写真です。といっても、1995年に撮影した、マスゲームです。すいません。金日成スタジアムの人工芝は、このときも結構きれいでした。その他、1995年に訪問したものを記念に少しあげてみます。この年は、北朝鮮が唯一観光の開放をした年です。平壌駅と路面電車地下鉄女子中学生マスゲームへ向かう少女金日成広場... 続きを読む
  • 鴻之舞の痕跡を歩く(鴻之舞金山旅行記7)
    ガイドツアーから漏れた、鴻之舞の残照をたどってみる。まず、鴻之舞の往年を復元した模型桜町浴場跡。戦前戦後の時期なので、家庭に風呂はなく、基本的には銭湯である。鴻之舞には、こうした銭湯が各所にあり、今もその湯船の台が残されている。その近くの廃屋。栄町。町の中心部近くに位置する。倉庫。住友のマークが入っている。これはなぜ壊されなかったのだろうか。倶知安内第一通洞への橋。昭和15年竣工とある。金竜町。こ... 続きを読む
  • 入洞口(鴻之舞金山旅行記6)
    鉱山の入洞口。「倶知安内第一通洞」と書かれている。この日のガイドさんは、若い頃ここで働いていたという。内部は粉塵がすさまじく、そのため長時間洞内にいることはできない。そのため、この出入口近辺で待機している時間が長かったという。そこでお弁当を食べたり、のんびり寝転がっていたり。ここは、炭鉱で働いた男たちの、青春のやすらぎの風景のようである。こういう話を聞くと、同じ日本において、自分の過ごしてきた青春... 続きを読む
  • 大山祇神社と沈殿池(鴻之舞金山旅行記5)
    大山祇神社跡。といっても、入れるのは階段手前までで、階段は立ち入り禁止になっている。鴻之舞に限った話ではないが、こうした「廃墟」は、そこが観光地になりはじめると、こうした立ち入り制限が増えてくる。軍艦島などはその最たる例だが、鴻之舞もすでにそうなり始めている。やむを得ないことだが、この程度の階段が立ち入り禁止になるのはちょっとつまらない。ただ、鴻之舞の主要遺構については、雑木林の中に道が整備された... 続きを読む
  • 大煙突(鴻之舞金山・丸瀬布森林鉄道旅行記4)
    鴻之舞鉱山跡のシンボルが、この大煙突。元山精錬所にあったものだ。1938年に建設されたもので、鉱山全体に湯や蒸気を供給していたボイラ設備の煙突だそうである。建設後70年も経つというのに表面は綺麗で、外見上は大きなひび割れもない。施工がよほどしっかりしていたのだろう。廃鉱後にはゴミ焼却施設が設置された。現在煙突の下に残されている建物は、ゴミ焼却場らしい。少し離れたところに、変電所の建物跡がある。鴻之舞鉱山... 続きを読む

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かまくら・じゅん
旅人。旅行総合研究所タビリス代表。日本と世界の世界遺産、鉄道、島などを取材中。→詳しいプロフィール

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