「憲法問答」橋下徹・木村草太【ブックレビュー】

法律には手続法と実体法があり、勉強して面白いのは実体法です。手続法は、正直なところ、つまらない。六法でいえば、民訴法と刑訴法が手続法です。これらは民法や刑法より、勉強していてつまらない。というより、民法や刑法に付随するものだと考えている人も少なくないでしょう。

大学の授業でも、手続法は実体法に較べて人気がなかった気がします。そして、法律家や公務員になる人以外は、手続法よりも実体法が大事なのは事実です。世の中、法律家にも公務員にもならない人のほうが多いのですから、手続法が軽視されやすいのは、仕方ないことなのかもしれません。

ただ、現実の行政では、手続法は大事です。橋本は、「何が正しいかわからないからこそ、政策決定プロセスでは、手続をきちんと踏むことが大事」と主張します。憲法に依拠し手順を踏むことこそが立憲主義である、ということです。政治家が自分で「正解」を決めつけて、政策を実行することを戒めているわけです。

橋下氏は、政治家時代に慣例を突き崩すような政策を進めましたが、プロセスはきちんと踏んでいる自信があるようです。

憲法問答

橋下徹と木村草太の『憲法問答』では、政治の現実を体験した橋下氏の現実論と、気鋭の憲法学者である木村草太の法理論がぶつかります。『憲法問答』というタイトルの視点でみると、橋下氏が「問」、木村氏が「答」ですが、橋下氏が木村氏を押し込める場面もあります。ただ、木村氏は至極冷静で、回答にブレがありません。

そして、木村氏の指摘には、はっとさせられる部分が多数あります。とくに、9条関連で、木村氏は「私の知る範囲では、軍隊を持つ国の憲法には軍事権の所在が書かれている」という指摘は、本書の白眉です。日本国憲法には、軍事権の所在が明らかではなく、憲法議論でも、あまりこの点は広まっていない気がします(私が知らないだけかもしれませんが)。

現憲法では、国民は内閣に「軍事」の権限を付託していません。憲法73条で、国民は内閣に「外交」は付託していますが、「軍事」の項目はありません。「外交権」について、わざわざ憲法に書かれているのに、「軍事権」の記述がないのは、重要なポイントです。明治憲法には天皇の統帥権がありましたが、現憲法にはない。つまり、「うっかり書き忘れた」という話ではありません。

では、自衛隊の運用は、現憲法でどう位置づけられるのか。現在の法解釈では、自衛隊の運用は「行政権」の行使と考えられているそうです。となると、日本政府の行政権の及ばない海外では、内閣は自衛隊を指揮する権限が憲法上付与されていない、ということになります。法を理詰めで考えていくと、そうなるわけで、自衛隊の海外派兵は、憲法9条以前の問題として無理筋なわけです。

憲法に軍事権が書かれていないのだから、軍事に関する手続についても書かれていません。そもそも、自衛隊の最高指揮官は首相ですが、行政権の及ばない海外で指揮権が及ぶのか、という問題が生じます。

では、改憲して、軍事権を憲法に記したほうがいいのか。そうすると、これまでは行政組織だった自衛隊が特別な地位を持つ軍事組織に変容してしまう可能性が高くなります。それは、いまの日本政府でどうなのか。橋下氏すら、疑念を抱いています。このあたりは、深く考えさせる内容でした。

こうした議論は、これまでにあまり聞いたことがありません。立場の異なる橋下氏と木村氏の対談で、こうした問題提起が広まることに意味はあるでしょう。大袈裟にいえば、こういう議論の積み重ねで、日本は少しずつ進歩していく、と思わせる内容でした。



橋下氏は、かつては右寄りの論客のようなイメージがありましたが、現在の主張を見る限り、弱者に配慮し、差別を憎み、格差是正を目指し、法理論と手続を重視し、政府を過度に信用しておらず、多くの政治家の能力に疑念を抱いています。世界的標準で考えれば、「リベラル的」な思考の持ち主に思えます。

一方で、日本における「リベラル勢力」を、「学者やインテリたち」とひとくくりにして腐しています。ですので、橋下氏は日本的な「リベラル」ではないのでしょう。

日本的なリベラルは、いま、退潮傾向です。代わりに、橋下氏のような「ネオ・リベラル」が増えていくのか……。どうでしょうね?



あとがきで、橋下氏は、自分の政治思想の背景に伊藤真の教えがあることを明かしています。伊藤真といえば司法試験界の神様ですから、いまの法曹界で、伊藤真の影響を受けた人は、非常に多いでしょう。

ならば、橋下氏的な「ネオ・リベラル」は、案外、法曹界に多いのではないか、と考えてしまいました。



憲法問答 橋下徹・木村草太(徳間書店)

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