夜の船は楽しいものです。船内のけだるい雰囲気、人気のない甲板の眩しすぎる照明、そして漆黒の海。何も見えない海上を突っ切る孤高感が、気分を高揚させてくれます。
『深夜航路』は、そんな真夜中に走る船に的を絞り、午前0時~3時に出港する国内全14航路を乗りつぶした本です。
津軽海峡フェリー(青森~函館)や商船三井フェリー(大洗~苫小牧)といったメジャーな深夜航路から、四国汽船(直島~宇野)といった、ややマイナーな深夜便まで。著者の柔らかな筆づかいが、深夜航路の独特の空気感を伝えてくれます。

日本には乗り物好きな旅行者が数多くいますし、なかでも「夜行列車」は旅のテーマとして人気がありました。
しかし、夜行列車と同じく真夜中に運行する乗り物だというのに、「深夜航路」の存在は、これまで全くといっていいほど注目されてこなかったといえます。もちろん、「深夜航路」を定義づけて乗りつぶした人も、これまでいなかったでしょう。その目の付け所がなんといっても素晴らしい。
筆者は、深夜航路の魅力を「もう一つの世界へと通じている扉」と表現しています。真夜中の船旅は、私たちがまだ触れたことのない世界へ繋がっているという感覚。「深夜航路」に乗ったことがなくても、夜間航行する船に乗ったことがある人なら、なんとなくわかるのではないでしょうか。
ところで「船旅」は、紀行文としては難しいテーマです。「鉄道旅」のように途中駅での乗降や車窓の変化といった動きがなく、ダイヤグラムにも面白みを感じにくいので、航行中に書くべきことが乏しいからです。
それもあってか、本書は船旅だけにこだわらず、到着後の「その先の旅」にも筆が及んでいるのが見事です。その旅先の選び方も秀逸でした。
深夜航路で、新たな世界に上陸し、その先のさらに新たな世界に誘ってくれる。読み応えのある紀行文でした。
理屈抜きにおもしろい快作です。
「
深夜航路 午前0時からはじまる船旅」