後藤寺線

田川後藤寺-新飯塚 13.3km

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1980年代の特定地方交通線の整理で、筑豊地方のローカル線はほとんどが廃止か第三セクター化された。JRで存続されたのは、動脈路線の筑豊本線と日田彦山線を除けば、この後藤寺線だけである。路線が福岡市方面と田川市を結ぶ形になっていて、そのために利用者がそれなりにいたのだろう。現在でも日中は1時間毎、ラッシュ時は30分毎に運転されていて、ローカル線としては高頻度の部類に入る。

田川後藤寺で日田彦山線を降り、跨線橋を渡って後藤寺線のホームに行く。接続は極めていい。車両はキハ31。国鉄最末期のディーゼルカーだが、転換式クロスシートが採用されていて、快適性にも重点を置いている。とはいうものの、車齢20年以上を経て、シートはすでにへたっている。日田彦山線のキハ47などよりは新しいはずなのだが、シートの座り心地は悪い。古い車両の方が、きっちりとできている、ということなのかも知れない。

席は半分以上埋まっていて、さすがに福岡方面への接続列車である。

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筑豊の平野部を突っ切るだけの路線かと思ったらそうでもなく、一駅目の船尾の直前で山に分け入る。船尾はセメント工場の目の前の駅で、至る所に石灰粉が積もっているという凄惨な駅である。白いセメント工場の偉容が、かつての筑豊の繁栄と衰退を象徴しているようであった。

船尾を過ぎるとトンネルで分水嶺を抜け、遠賀川の流域に出る。次の下鴨生は、これも廃止された漆生線の分岐駅だった。これも乗ったが、記憶がない。淡々とした平原を走り、新飯塚に着く。わずか20分ほどの短い旅である。

新飯塚のホームは古いが、駅舎は橋上の近代的なものであった。駅前広場もきれいに整備されているが、例によって人気はなかった。

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かまくら・じゅん
旅人。旅行総合研究所タビリス代表。日本と世界の世界遺産、鉄道、島などを取材中。→詳しいプロフィール

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