トロリーバスの改札から、長い階段を上がり、ダム展望台に出た。眼下に、黒部ダムの弧が飛び込んできた。

黒部ダムは2回目である。前に来たのは1994年頃だと思う。夏の暑い日だった。扇沢にクルマを停めて、満員のトロリーバスに揺られてここまでやってきた。とにかく人が多かった。
長い間をあけて同じ景色を見ると、奇妙な非現実感にとらわれる。ずいぶん昔に来たような気もするし、ついこないだ来たような気もする。そしてその間の自分の変化のなさに戸惑ってしまう。15年以上の歳月を経て再訪したわけだが、その間自分は何も進歩していないな、と落ち込むのだ。
黒部ダムも変わっていない。当たり前の話だ。展望台からダムに降りる階段が新しいので、これは新設されたものかも知れないが、その程度である。あとは、看板に韓国語や中国語の表記がなされていることだろうか。15年前を覚えているわけではないが、当時はそういう表記はなかっただろう。
ダムにはこれといった見どころはない。黒部に限った話ではないが、ダムというのは不思議な観光地で、有名な観光スポットとされているが、来てみたら見るものが何もないのである。黒部ダムはでかい、といわれるが、海外でいろんなダムを見てきたので、とくに大きいとは思わない。というか、世界の大ダムに比べたら、小さい。
前に来たときは、ダムを渡って対岸にある駅から黒部ケーブルカーに乗り、黒部平まで行った。そこで立ち往生した。その先の立山ロープウェイが満員で乗ることができなかったのである。立山黒部アルペンルートを横断しようと思ったのだが、断念せざるをえず、仕方なく扇沢に戻った。
今回は、そのときのリベンジ、というわけではないが、乗れなかったロープウェイに乗って立山まで行くつもりだった。が、困ったことに、5月末に黒部ケーブルカーが故障して、運休してしまった。ケーブルカーに乗れなければ、その先のロープウェイにも乗れず、立山に行くことはできない。残念だが、今回も扇沢に抜けるしかない。どうも僕は、アルペンルートには嫌われているようであった。
ケーブルカーの運休のせいか、はたまた平日だからか、黒部ダムは閑散としていた。僕はレストハウスでカレーを食べ、ダムの上を往復し、黒部ケーブルカーの駅が閉鎖されていることを確認してから、がらがらのトロリーバスに乗って、扇沢に抜けた。

扇沢のターミナルも閑散としていて、そこから信濃大町へのバスはさらに空いていた。トロリーバスのわずかな乗客も、自家用車に乗ってどこかに消えていってしまったのだ。
平成も22年にもなると、公共バスで観光する人など、ほとんどいなくなってしまったようだ。