黒部ルートは一般開放できるか?(未公開黒部ルート旅行記10)

黒部ルートはおもしろい。これを一般に開放すれば、素晴らしい観光ルートになるだろう。山岳観光の盛んなスイスでも、ここまでバリエーションに飛んだ観光ルートはないかも知れない、と思う。

こう考えるのは僕だけではなく、黒部ルートを一般公開しよう、という運動は、このルートが完成してからずっと続いている。が、現実に一般開放しようと実務的なことを検討し始めると、さまざまな問題点があるようだ。

インクライン」の項でも書いたように、このルートの最大のネックはインクラインである。この区間の輸送力は、片道1時間あたり80人程度にすぎない。

また、ルート全体の通り抜けの所要時間も長い。見学会では、欅平から黒部ダムまでが3時間半かかった。これは展望台や発電所での見学時間も含めたものだが、乗換の待ち時間は全くなかったから、実際に開放しても同程度はかかると思われる。宿泊基地があるのは宇奈月なので、宇奈月から欅平までの1時間半をくわえると、5時間もかかる。となると、宇奈月を午前中に出なければ1日でルート縦走はできない計算になる。

午前出発で1時間あたり片道80人の輸送力では、1日に運べる観光客は最大で400人程度である。実際には、この間に発電所関係者や資材の輸送もあるから、もっと少なくなるだろう。これしか運べないのなら、一般に開放しても、混雑時にパニックになるだけである。

法令の壁もある。上部専用鉄道とインクラインを鉄道事業として経営し、黒部トンネルをバス事業とする場合は、鉄道営業法や鉄道事業法、道路法、道路運送法などの法律がかかわってくる。しかし、現状の施設は、これらの法令の基準を満たしていない。

たとえば、鉄道事業法では、鉄道トンネルの基準は高さ3.7メートル、幅3メートルを要求するが、上部専用鉄道はこれより狭い。インクラインは避難用通路の幅が狭いうえ、途中に踊り場が設置されていないなどの不備がある。黒部トンネルは、道路運送法で定める待避所や消火設備、避難誘導設備が基準を満たしていない。

施設を大幅に改良すれば、もちろん法令をパスすることはできる。が、施設改良費は、すべてを旅客運輸の法令をパスするレベルにするだけで800億円はかかるという試算もある。さらに輸送力増強を図れば、もっとかかるだろう。上部専用鉄道のトンネル幅を拡大し、乗り場を整備し、運転設備を増強し、客車を増やし、エレベーターやインクラインの速度も上げて快適にする。これらを行うのに1000億円くらいかかるかもしれない。そんな投資を行っては、採算は取れないだろう。

となると、現実的には、今ある設備のままで観光客をいかに受け入れるか、を考えるしかない。現状の法令基準を満たす一般開放が無理ならば、現在のような「見学会」の体裁を取り続けるしかあるまい。現在の受け入れ人数は1日60人だが、これを倍増させるくらいは可能だし、土日も開放させれば、年間の旅客数はかなり増やすことはできる。

この場合でも、観光客の立場からいえば、自由に動き回れるような形にしてほしい。現在は、関西電力の係員が完全に行動を制御している。立ち入り禁止区域に入らないようにする規制は必要だが、完全に団体行動しかできないのは窮屈である。「一本遅らせて次の列車に乗ろう」くらいのことができる自由さがあれば、魅力はとても高まる。

関電は安全面の不安を口にしそうだが、見たところ、そんなに危険な場所があるようにも思えなかった。保安上の問題があるのなら、黒部川第四発電所の見学は省略してもよいだろう。

もう少し踏み込んで一般開放にするならば、1000億円もの投資は現実的ではないので、法令は安全を考慮した上での特例を要請して認めてもらうことだ。乗ったところ、それほど危険があるようにも思えなかったし、トンネルの幅が狭いことは、それほど乗客に危険を及ぼすようにも思えない。鉄道トンネルの幅の規制は蒸気機関車時代の名残であり、蓄電器機関車で走るこの路線では、火災の可能性もあまりなさそうだ。

インクラインの高速化は必要だし、竪坑エレベーターも新型に変える必要はあるだろう。各乗り場の待合室の設置やホーム・改札の整備もしなければならない。これらにも相当のお金がかかるのは間違いないが、トンネルを掘り直すのでなければ、富山県でできない金額にはならないだろう。

一般開放した場合は、定員制とし、片道1万円くらいに設定すれば、ペイするのではないかとも思う。高すぎる!という意見もありそうだが、スイスのユングフラウヨッホの登山鉄道もそのくらいかかる。スケールからいえば、ユングフラウに匹敵する魅力があるのだから、同じくらいの価格設定にしても違和感はない。そのくらい特別な場所なのだ。自力ではとても行けないような山岳の地底を進む鉄道なのだから、そのくらいの値段は取ってしかるべきだろう。

もし一般開放すれば、1万円でも、観光客は殺到すると思う。それも、国外からの観光客を呼び寄せることができる。

トータルで考えた場合、これほど冒険心をかき立てる興味深い山岳鉄道は、世界にふたつとないと思う。これを開放せずに一電力会社が隠し持っているのは、いかにももったいない。

観光立国・技術立国の矜持を見せるためにも、ぜひ実現して欲しいものだ。



これで、黒部ルート非公開の旅は終わりです。
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黒部の太陽
高熱隧道

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