お召し列車の思い出

まだ昭和天皇が健在の頃、お召し列車を一度だけ見たことがある。天皇が葉山の御用邸に静養にいらしたときに利用したのである。

葉山の最寄り駅は横須賀線の逗子駅である。当時僕は葉山に住んでいたので、駅まで見に行った。が、駅前は警備が厳しく人も多いので、とても近寄れない。それで、少し離れた線路際のマンションの上階に上がって列車が来るのを待った。驚いたことに、そんなところにまで私服警官がいた。が、僕は子供だったので、警官も追い出したりはしなかった。

ほどなくして、お召し列車はやってきた。当時のお召し列車は、特急「あまぎ」と同じ157系だったと思う。のっぺりした表情の先頭車から数えて3両目くらいの窓に人影があり、僕の目の前を通過していった。紛れもなく天皇だった。列車を見に来ただけなのに、天皇が見えてしまったので驚いた。天皇というのが、そう簡単に見えるなんて考えてもいなかったからだ。「天皇も窓の外を見るのか」と、奇妙な感想を抱いた。

列車が通り過ぎると、僕は逗子の駅舎に走った。駅前には交番があり、その目の前が臨時改札だった。臨時改札は滅多に使われることがない。その臨時改札を天皇はゆったりと通り抜け、駅前の群衆に手を2,3度振ってから、黒塗りの乗用車に乗り込んだ。

子供の特権で、僕は人を押しのけてその交番の前までたどりつき、黒塗りのクルマが走り去るのを見た。群衆は大歓声をあげて日の丸の小旗をぱたぱたと振っている。天皇の「人気」がこんなにあることを、当時の僕は知らなかったので、これにも驚いた。そして、なんでみんな小旗などを持っているのだろう?と不思議にも思った。これは、読売新聞が配っていた。僕も、あまった小旗を一つもらった。

1980年頃の話だと思う。天皇を自分の目で間近で見たのは、これが最初で最後である。

お召し列車は、2007年に新型車両に置き換えられた。が、最近はほとんど用いられることはないと言う。それが2年ぶりに運行したというので、新聞記事になっている。

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鉄ちゃん興奮…2年ぶりに走った「お召し列車」運用事情
夕刊フジ 10月2日(土)16時57分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101002-00000007-ykf-soci

 国民体育大会の観戦で千葉県を訪問された天皇、皇后両陛下が9月26、27の両日、菊紋付きの特別車両を連結した「お召し列車」で移動された。かつて全国各地を走ったお召し列車も、現在は運行頻度が激減。車両は2007年に新造されたばかりだが「次にいつ走るかわからない」(専門家)と“幻の列車”に。知られざるお召し列車の運用事情を探った。
 濃い紫色で統一された上品な車両は、先頭に日の丸と菊紋を付けて26日には蘇我駅から茂原駅、茂原駅から勝浦駅の両区間、27日は館山駅から東京駅までの移動に使われた。
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僕が子供の頃ですら、お召し列車は滅多に走らなかった。葉山の御用邸にお出でになるときもほとんどがクルマで、この一度だけが列車だったと思う。天皇が葉山にお出でになることは珍しくはないが、逗子駅でその姿を人前にさらすことはきわめて稀だった。そのために、地元で騒ぎになったのである。

なぜそのときに限って列車だったのかはわからない。
お召し列車を仕立てるには、いろいろ制約があることを、この記事は示している。

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