左沢線

北山形 - 左沢 24.3km

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山形から北西に伸びるローカル線。最近は「フルーツライン左沢線」という愛称が付けられている。

沿線がさくらんぼの産地だから、ということらしい。

が、乗るまでは、地味な印象しかなかった。

山形駅の6番ホームより出発。この島式ホームは、仙山線と左沢線の狭軌路線のみが使う。奥羽本線は広軌なので、6番ホームはなんとなく外れにある感がするが、気のせいだろうか。

車両はキハ101系。キハ100系というシリーズの亜種で、左沢線にしか走らない。車内はあまり座り心地のよくないロングシートであった。全体的にくたびれている。2両編成だが、学校帰りの高校生が乗っていて、結構混んでいる。

北山形で奥羽線と分岐する。あたりは山形盆地の田園地帯で、黄緑の稲と遠くの山並みが織りなすコントラストが美しい。長野でも思ったが、夏の晴れた日の盆地は、なぜこうも美しいのだろうか。

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途中の寒河江で、大半が下車。さらに西寒河江でも降りて、終点左沢に着く頃には空いていた。
左沢の駅舎は立派だった。公民館などの機能もあるらしい。しかし、利用客は1日400人ほどだという。

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この先、左沢線は、最上川に沿って長井線(現山形鉄道フラワー長井線)の荒砥駅までの延伸計画があった。が、実現することないままに終わった。

昭和31年の国会運輸委員会請願審査小委員会第1号を読むと、地元からの建設請願に対し、運輸省の担当者が以下のように答えている。

「左沢-荒砥間に鉄道を敷いてほしいという請願でございます。これはかつて予算がつきまして着工の運びになった線でございますが、途中取りやめになったままであります。この線も重要な線ではございますが、現在の建設線の規模並びに速度からは、早急な着工は困難と思われます。しかしながら今後よく研究したいと思います。」

まだ鉄道全盛の昭和31年でこの答弁だから、作るつもりはほとんどなかった、ということだろう。

少し前までは、左沢からバスを乗り継げば、山形鉄道の荒砥駅まで抜けることができた。しかし、そのバス路線も廃止され、いまは公共交通で、荒砥へ抜けることはできない。僕も抜けたいが、タクシーを使うほどでもないので、諦めて折り返すことにする。

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