バタワース-シンガポール 783.50km

マレー鉄道西海岸線は、北部の都市バタワースから首都クアラルンプール、南部最大の都市ジョホールバルを経由して、シンガポールに至る路線である。マレーシアの大都市を連結している、同国の最重要幹線といえる。
とはいうものの、運転本数は多くはない。もっとも運転頻度の高いイポー・クアランルプール間で1日9往復。バタワース・ブキッ・ムルタジャム間に至っては1日3往復しかない。クアラルンプール近郊にはこれとは別の郊外電車が走るが、それを除けば日本のローカル線レベルである。
全線を走破する列車は1日1往復だけで、「エクスプレス・ラキヤット(Ekspres Rakyat)」という。これはマレー鉄道の看板特急とでもいうべき存在で、下りの場合は、バタワースとシンガポール783.5キロを13時間10分で走破する。表定速度は59.5キロ。日本なら、特急「ゆふ」や「タンゴディスカバリー」などとほぼ同じで、マレーシアでは最速列車である。

看板特急とはいうものの、たった5両編成である。1等車1両、2等車4両。車両の銘板を見ると、1等車は韓国の現代製で、1992年の製造。車齢18年は必ずしも古いとはいえないが、車内に入ってみると、痛みが激しい。座席は広くてゆったりはしているが、座面はくたびれていて汚れており、リクライニングもがくがくしている。窓ガラスには無数の傷があり、縁取りのゴムはところどころ剥がれている。古いという以前に手入れが悪い。日本でも車齢20年を越えた特急車両は走っているが、ここまで痛んではいない。

機関車は「YDM4」という形式のインド製であった。これは、もともとインドで走っていた機関車を、インド国鉄から借り受けている。導入は1996年で、新車ならば十分新しいが、中古車両であるから年代物である。マレーシア最高の列車とはいうものの、くたびれた古い車両で構成されていることになる。
バタワース8時発。駅を出てしばらくすると、田舎の風景になる。草原に熱帯林がところどころに広がっていて、たまに小さな集落がある。線路は単線非電化。スピードはあまり出さない。

線路に並行して、コンクリート製の新しい路盤が続いている。マレーシアでは鉄道の近代化を始めていて、西海岸線を全線にわたって複線電化する構想がある。その工事がある程度進んでいるようだ。

2時間ほど走ったタイピンという駅で大量に乗車があり、ガラガラだった1等車はほぼ満席になった。車内を見渡してみると、人種に偏りがあるのに気づく。ほとんどが中国系、インド系で、マレー系の乗客が見あたらないのだ。マレー半島西海岸は中国系とインド系が多いとはいえ、マレー系が過半数を占めるはずである。実際、2等車をのぞいてみると、圧倒的にマレー系が多い。マレーシアでは、人種間の経済格差が激しいと聞く。1等車と2等車の人種構成の違いに、その実情が垣間見える。
マレーシア第3の都市・イポーを過ぎると列車は蘇ったように速度を上げた。完成した複線電化区間に入ったのである。コンクリの道床に分厚いバラストが敷かれ、列車の揺れも少なくなった。
車窓には椰子やゴムの林が続く。それが途切れて、並走する道路にクルマが増えてきたと思ったら、クアラルンプールであった。
新設された地下駅に到着する。

ここで不思議なことが起こる。全員が列車から降ろされてしまったのだ。そして5両編成のうち、1等車を含む後ろ3両が切り離されて、別の機関車に牽引されて去っていってしまった。どうやら中間の2等車2両にトラブルがあったようで、やがてそれを入れ換えた新しい編成が機関車に押されてやってきて、前の号車と連結した。このトラブルで列車は45分ほどの遅れが出てしまった。
クアラルンプールを出てしばらくすると、またマレーシアの田舎に戻る。ジャングルやゴム農園の間に、小さな家が散在する。

クアラルンプールから50分ほど走ったセレンバンという都市で、複線電化は終わりである。再び単線非電化に戻る。一般に、遅延した列車が単線区間に入ると、遅れはどんどん増幅する。交換のためのダイヤが合わなくなるからである。マレー鉄道の看板特急とて例外ではない。貨物列車に道を空けるために交換待ちをしたりして、そのたびに遅れは増幅されていく。
約1時間遅れで17時15分にタンピンという駅に到着した。

あと5時間ほど乗り続ければシンガポールに着くが、今日はここで下車する。ここは古都マラッカの最寄り駅だからである。マレーシアの看板特急「エクスプレス・ラキヤット」の続きは明日である。
マレー半島モンスーン・エクスプレス