「長崎」は世界遺産になれるか?(長崎世界遺産候補地旅行記19)

さて、これで、長崎の世界遺産候補地巡りは終わりである。では、これらは、世界遺産にふさわしいものなのだろうか?

まず、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」についてだが、26の関連遺産候補(うち教会建築17)のうち、9つを訪れることができた。今回は訪問しなかったが、大浦天主堂は過去に見たことがあるので、あわせれば教会建築だけで10を訪問したことになる。
天主堂

ヨーロッパから見れば世界の辺境としかいえない長崎やその離島で、こうした独自の教会建築文化が花開いていたことには高い価値があるだろう。西洋の宗教と日本の文化が混ざり合った独特の雰囲気を醸しており、それが木造瓦葺建築という日本の伝統技術において発露している点も貴重である。これは、十分に世界遺産たる価値はあると思う。

世界遺産暫定リストに登録された関連遺産リストを見ると、教会建築が3分の2で、残りが近世初期のキリスト教徒受難の時代の遺跡で占められている。教会建築については上述のように高い価値があると思うが、それ以外の近世初期の遺跡、たとえば日本二十六聖人殉教地や原城跡などについては遺産としての価値は評価しづらい。

日本二十六聖人殉教地には碑文や記念館があるが、後世に残すべき当時の遺産があるわけではない。原城跡も訪れたことがあるが、これも石垣以外の建造物は残されていない。テーマとして、これらを遺産に含めるという考え方は理解できるが、明治・大正期の教会堂建築に比べると「残すべき遺産」としての価値はかなり落ちると言わざるをえない。ならば、明治以降の教会堂建築に絞ってもいいのではないか、という気がする。

長崎県内の明治以降のキリスト教建築にかぎっていえば、次世代に残すべき遺産であると確信を持っていえる。

ただひとつ、一番大きな感想は、鉄川与助が多すぎ、ということである。多彩な設計者が活躍していれば、もう少し建築物にバリエーションが生まれたのではないか、と思わないでもない。

これらの教会のなかで、イチオシを紹介するとすれば田平天主堂だろうか。大浦天主堂は別格として、の話ではあるが。

次に、軍艦島についてである。こちらは「九州・山口の近代化産業遺産群」を構成する関連遺産のひとつであるが、世界遺産登録には疑問が残る。
軍艦島

世界遺産とは、「人類が共有すべき顕著な普遍的価値をもつ建築物や遺跡」である。この定義だけならば軍艦島にも当てはまりそうだからよいのだが、問題は保全状況である。世界遺産に登録されればその景観の保全・修復の義務が生まれるからだ。

訪問してみた限り、軍艦島は建造物群を保全しているようには見えない。というより、コンクリートを崩れるがままに放置しているようにしか見えない。それで「普遍的価値を持つ建造物」を「人類の遺産」として後世に伝えていることになるのだろうか?

「保全運動の一環としての世界遺産登録運動」ならば理解できないこともないが、そのわりには、軍艦島を今後どう保全するのかというグランドビジョンが見えない。「軍艦島を世界遺産にする会」のホームページを見ても、歴史と観光の話ばかりで保全に関する記述はほとんどない。きちんとした保全をしなければ、コンクリート建造物群は100年後にはほとんど崩壊してしまうが、それでは「普遍的価値」を持ち得ないから、世界遺産たる資格はない。

日本国内で、近代の産業遺産として有力なのものとして、群馬県の富岡製糸場跡がある。こちらも訪れたことがあるが、当時の建築物や施設がきちんと保存されていて、後世に伝えようと言う意思が感じられた。もし、富岡製糸場が荒れるに任されていたら、とてもじゃないが世界遺産になどなれないだろう。軍艦島も同じことである。
軍艦島船

僕は、現在の軍艦島を訪れてがっかりした。それは、結局、在りし日の姿をきちんど訪問者に見せていないからである。本当に「世界遺産」として後世に伝える覚悟があるのならば、まずはコンクリート建造物群をきちんと保全・修復し、人が近寄っても安全な状態に保つためのビジョンを提示することだ。そして、最終的には在りし日の姿を訪問者が見ることができるようにしなければならない。

それができないのならば、これは「遺産」ではなくただの「廃墟」にすぎない。


これで、長崎世界遺産候補地旅行記は終了です。

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