国鉄の「いい旅チャレンジ20,000km」キャンペーンが始まったのが、1980年のことである。宮脇俊三の「時刻表2万キロ」がベストセラーになった頃だ。


「いい旅チャレンジ20,000km」は、国鉄の全線完乗を目的とするキャンペーンである。当時、僕は小学生で、クラスでずいぶん流行った。参加資格に年齢制限はなかったので、小学校のクラスでも結構な人数が「チャレンジ」を始めたのである。僕も会員になり、友人と日帰りで東京近郊の路線に乗りに行ったりした。

このキャンペーンの期間は10年と、とんでもなく長かった。開始当初小学生だった僕でも、キャンペーンが終わる頃には大学生になる。それだけの時間があったのだから、全線完乗をすることは、やる気さえ継続すれば十分可能なはずだった。
しかし、結果的には、僕はたしか30路線くらいで挫折した。鉄道少年の多くがそうであるように、中学、高校、大学と進むにつれ、鉄道乗車への興味が湧かなくなっていったのである。キャンペーンが終了したのは1990年だが、僕は終了したことすら気づかなかった。そのころの僕はといえば海外バックパッカーで、国内の鉄道を乗りつぶす余裕もなかったし、有り体にいえば、そんなことすっかり忘れていた。
そんな僕が、もう一度JR全線に乗ろう、と思ったのは、5年くらい前のことである。そのころ、僕は海外の行きたい場所には一通り行き尽くして、海外旅行に少し飽きてきていた。それで国内の行ったことのない場所、たとえば萩とか津和野とか、有名だけれどまだ行ってない土地に列車で行くようになった。
また、驚くことに、世の中に鉄道ブームなるものが訪れていた。それで、ふと全線完乗を思い出したのである。数えてみれば、自分の乗った鉄道路線の数はかなりの数になっていた。要するに、鉄道ブームにあおられて、忘れかけていた少年時代の目標を思い出したというわけで、なんだか結構ミーハーだなあ。
ちびちびと5年かけて乗り歩き、昨年春には新規開業した九州新幹線を片づけた。この段階で、残りの路線は一つだけになった。北海道の留萌本線である。この盲腸線に乗りに行くのが、今回の僕の旅の目的である。
記念すべき全線踏破達成の旅なので、札幌までは豪華寝台特急「カシオペア」を使ってみる。いうまでもないが、「カシオペア」は、いま日本で最も贅沢な列車である。終点札幌からは、函館本線の特急に乗り継いで深川に至り、最後は留萌本線のディーゼルカーに乗り込む。順調にいけば、上野から20時間36分で、留萌本線の終点増毛に着くことができ、全線完乗が達成される。
増毛は、北海道の日本海側の小さな町だ。真冬なので、雪に埋もれ、人通りも少ないことであろう。数あるローカル線の終点のなかでも、風情のありそうな場所である。全線完乗の場所としては、もっともふさわしい駅の一つではないかと思う。