立山温泉跡と白岩堰堤(2012年立山カルデラ旅行記2)

さて、学習会は水曜日なので、火曜日の夜に富山市に移動して一泊し、当日朝の富山地方鉄道で立山駅に向かいました。集合場所は立山駅前にある立山カルデラ砂防博物館です。



筆者が参加したのは「立山カルデラ砂防体験学習会」の「トロッココース」。トロッコとは砂防軌道を指します。コースは1班と2班に分かれていて、1班は先にバスでカルデラを見学し、帰りに下りの砂防軌道に乗るスケジュール。2班は先に登りの砂防軌道に乗り、その後バスでカルデラを見学し戻ってくるというスケジュールです。登山鉄道に乗る場合、下から上へと登りたいのが人情で、できれば2班に参加したかったのですが、1班に分けられてしまいました。

参加者は20人ほどで、博物館のガイドさんと、関係者が数人同行します。参加者はリタイア組の夫婦が多く、それと男性の一人客が数人。鉄道ファンとおぼしき人もいますが、あまり数は多くありません。参加費は2000円で、博物館前に設けられた受付で支払います。

先に、博物館の内部を簡単に見学し、立山カルデラの概要と砂防工事の必要性などを学びます。といっても、鉄筋コンクリートの建物の中で防災の話を聞いても、あまり現実感はありません。

30人乗りのバスに乗り、出発。砂防軌道ならば常願寺川の本流を遡ってカルデラ内部にそのまま突き進めるのですが、バスは遠回りをします。まずは常願寺川に沿って富山方面に下り、有峰口から林道に入ります。1時間ほどかけて有峰ダムに至り休憩。そこから進路を東にとり分水嶺を越え、折立を通過。一般車通行止めの工事専用道路に入り、真川に沿ってカルデラへ向かいます。一般人立ち入り禁止エリアだからか、バスの中でもヘルメットを着用するように言い渡されます。



峻険な山へ分け入り、右へ左へ曲がる道ですが、舗装はしっかりしています。こんな立派な道路があるのなら、砂防軌道はなくてもいいんじゃないか、と思わないでもありません。

出発から2時間ほどかけて、六九谷展望台着。立山カルデラを一望できるスポットです。この谷には5基の砂防堰堤があります。砂防堰堤とはいわゆる「砂防ダム」のことですが、最近は「ダム」という名称がネガティブなイメージになっているので、堰堤という名称で呼ぶようにしているとか。公共工事予算の削減から免れたい、という側面もあるようです。


現在の六九谷は緑にあふれた豊かな谷に見えますが、かつてはそうでなく、荒々しい岩肌があちこちで露出していたとのこと。豪雨が降るとそれが土石流の原因の一つになるため、荒れた岩肌を一つ一つ緑化していく作業が進められているそうです。ヘリコプターで種を蒔けばいいんじゃないか、とも思いますが、急斜面では根付かないので、人力で種を蒔いていくしかないとのことです。広大な谷の斜面に種を一つ一つ蒔いていくのであれば、相当な手間と時間がかかります。カルデラ全体を見渡せば、その事業の壮大さがわかります。が、同時に「そこまでする必要があるのか?」という疑問も湧きます。

もちろん江戸時代から土石流や洪水の被害が続いていて、その抜本対策を求めるとこうする他ない、という結論に到ったのでしょう。国土の広い外国なら、そんな危ない土地は捨てる、という選択肢もあるのでしょうが、日本のような小さな国で、富山平野を捨てるわけにはいきません。となると、巨費を投じてでも抜本対策を求めると言うことになるのでしょう。

さらにバスに揺られて、立山温泉跡に着きます。ここは1580年に発見された歴史ある温泉で、江戸時代には立山信仰の拠点として大いににぎわったそうです。安政年間の土石流で壊滅しましたが、明治に入ってから復興。戦後まで営業は続けられました。しかし、1969年の豪雨で温泉への道が被害を受けたことなどから、1973年に廃湯となり、建物は焼却処分されました。

今残されているのは、燃え残った金庫と湯船の跡だけ。



もしそこに今もお湯が湧いていれば野趣あふれる温泉になるのですが、残念ながら空っぽです。近くには木造の休憩所が新しく設けられていて、そこで昼食。コンビニで買っておいたおにぎりを食べます。



立山温泉の周囲は、ツキノワグマの生息地なので、「あまり遠くに行かないように」との指示を受けました。一般人は立ち入り禁止のエリアなので、野生動物には天国で、クマは頻繁に出没するとのこと。実際、近くにある看板は、熊のいたずらによって壊されてしまっています。



昼食を終えると、いよいよ軽便鉄道の終点である水谷連絡所方面へ向かいます。途中、白岩下流展望台に寄り、その終点のある水谷平を望みます。水谷平は、峻険な崖の中腹の小さな台地で、このあたりに唯一存在する高台の平地だそうです。台地を支える崖地は崩壊の危険がありますが、緑化して強化し、崩れないようにしているとのこと。この水谷平が立山カルデラの砂防の拠点になっていて、工事関係者も数多く寝泊まりしているそうです。



この展望台からは、白岩堰堤も一望できます。白岩堰堤は1939年に竣工したコンクリートの砂防ダム。砂防ダムとしては日本で初めて国の重要文化財に指定されました。竣工当時は本堰堤と2基の副堰堤のみでしたが、現在は本堰堤に7基の副堰堤を有する大規模な砂防堰堤群になっています。黒部ダムのような派手さはありませんが、階段状に続く堰堤には、土木建造物の持つ機能的な美しさがありました。



さらに白岩堰堤を近くで見物した後、天涯の湯という場所でバスを降ります。露天風呂がありますが、作業員専用なので一般人は入れません。足湯だけ利用可。

ここで、砂防軌道で登ってきた2班と出会います。2班のグループは筆者たちが乗ってきたバスに入れ替わりで乗り込んで発車していきます。筆者たちは、足湯で少し休憩してから、徒歩でトンネルをくぐり、水谷平へ。ここでようやく、砂防軌道とお目見えです。小さなホームがあり、「水谷」という駅名標が掲げられています。標高1116m、起点の千寿ヶ原より「18.0km」と書かれています。



私たちが乗る予定のトロッコ車両は、引き込み線に置かれています。軌道の線路内は立ち入り禁止で、近づくことはできません。早くこれに乗りたいですが、しばらく休憩とのことで、お預けを食らいます。なぜだろうと思っていると、遠くから軌道を駆ける音がしまして、下から別のトロッコ列車が登ってきました。なるほど、この列車が来るのを待っていたのです。単線ですから、登り列車が到着しないと、下りは発車できないのです。

登り列車が到着すると、近くの建物から女性たちが数人出てきてこのトロッコを出迎え、段ボールに入った物資を受け取っています。


食糧でしょうか。砂防軌道は、物資の重要な補給路なのです。

この車両が引き込み線に下がると、いよいよ私たちが乗る車両が、引き込み線から動き出しました。いよいよ、私たちが乗る番のようです。

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