さよならトワイライトエクスプレス(2013年トワイライトエクスプレス乗車記13)

トワイライトエクスプレスの運転開始は1989年で、当初はB寝台券ですら手に入れるのが大変と言われた人気列車でした。「夢のトンネル」と言われた青函トンネルの開通を受けて、本州から北海道への寝台特急が相次いで生まれた時代。大阪から札幌までの長距離列車の誕生は、文字通り「夢の体現」だったという記憶があります。バブル絶頂期、日本全体が夢に浮かれていた時代でもありました。

筆者は1993年にこの列車に乗ったことがあります。やはりB寝台でしたが、開業人気も落ち着いて、ようやく普通にチケットが買えるようになっていた頃でした。利用した理由は「乗ってみたい」という願望のほか、「意外と安い」ことでした。航空運賃が高かった頃ですので、トワイライトエクスプレスのB寝台を使えば、飛行機よりも安く快適に関西から北海道に行けたのです。

トワイライトエクスプレス最後尾

それから約20年。再び乗ってみたトワイライトエクスプレス。当時は手が届かなかった(というか手に入らなかった)スイートに乗れたことには、とても感動しました。しかし、寝台列車の限界を感じた24時間でもありました。

その理由は、カシオペアに乗ったときにも感じた、不自由さです。カシオペアに乗った時の印象と同じような文章になりますが、ここでも書いてみましょう。

たとえば、食堂車。あらかじめ決められた1種類のみのディナーを事前に選んで予約・支払をしておかなければ食べられません。シャワールームのお湯も限られていますし、テレビのモニターに映るのも3番組だけ。衛星放送も自分で持ち込んだ動画も見ることはできません。

終点まで22時間もかかるので、途中駅で少しくらいは降りてみたいですが、駅の停車時間は限られていて、ホームに降りることすら事実上できません。もちろん、駅前で少しのショッピングを楽しむなんて論外です。結局、乗客は、あらかじめ鉄道会社が決めた裁量の余地の狭いルールの中でしか、旅行を楽しむことができないのです。

これは、必ずしも鉄道会社の責任ではありません。列車という限られた空間と人員とコストの制約なかで高いサービスを提供しようとすると、このような形にならざるをえないのでしょう。

トワイライトエクスプレスA個室

それでも、「スイート」は、これまで乗った世界のどの列車と比べても、一番素晴らしい客室でした。これで空調が優れていて、テレビモニターにDVDでもついていれば完璧でしたが、それは求めすぎというものでしょう。できることなら、運転時間にもう少し余裕を持たせて、ホームに余裕のある駅で長時間停車があれば、楽しみが増えると思います。

車両の痛みは随所に見られ、引退目前なのは乗り心地でわかりました。寝台列車が日本から姿を消す日が、もう本当に間近に迫っている。それを感じさせる走りでした。

その最後の旅路を楽しめて幸せでした。

さようなら、トワイライトエクスプレス。

今こそ乗りたい 寝台列車の旅

これで、「2013年トワイライトエクスプレス乗車記」は終了です。お読みいただきありがとうございました。

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かまくら・じゅん
旅人。旅行総合研究所タビリス代表。日本と世界の世界遺産、鉄道、島などを取材中。→詳しいプロフィール

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